『機動戦士ガンダム』における人の死

『機動戦士ガンダム』において、主人公たちはともかく脇役たちは蠅叩きで叩かれるかのように死んでいく。

主役たちと物語上関わったリュウ、マチルダ中尉、そして彼女の婚約者ウッディ大尉、物語後半でスレッガーらが死ぬ。彼らはそれなりに出番がある。無名の兵士はボール(簡単に言えば粗末な搭乗兵器)やジム・ザク(それよりはちょっといい搭乗兵器)で主人公らの一撃で破壊される。訳の分からない「ソーラーレイ」という大量殺戮兵器で戦艦ごと吹き飛ばされたりもする。

『ドラゴン・クエスト』では「たおした」と表現されるが、いずれにしても相手の命を奪う行為なのだ。それには昔から気づいてはいたが、考えないようにしていた。ガンダムがリックドム12機を短時間で撃墜したとき、12機のパイロットたちは無事脱出して帰還できただろうか? ハリウッド映画で無意味に銃殺されていく端役の命はどうなんだろう? 彼らも母親から生まれ、成長してきた人間のはずだ。それが一瞬にして命を奪われる。

「フィクションにおけるやるかやられるかの勝負」と言えばそれまでで、物語全体として戦争の空しさを描いていると考えれば納得できないわけではない。だが、『火垂るの墓』の節子の命も1つ、母の名を叫びながら死んでいった『ガンダム』の無名の兵士もまた1つの命。

こんなことばかり考えてしまう最近である。

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この記事へのコメント

2014年06月07日 12:42
ポジティブループで考えるようにした方が善いね。
でも生死に関しては大切な事、考える時期かも知れません。
あまり深く入りすぎないようご注意を!
2014年06月07日 16:31
どうしても今、命について考えてしまいます。メンタル的にかなり弱っているからだと思います。映画などを観ようとしても、やっぱり命が奪われるシーンに目が行ってしまうのです。ポジティヴ思考にはなかなかなれないでいます。「何も考えないでいる」ということができないジレンマを感じている現在です。

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