「『運転免許、携帯電話、その他』を持っていない」ということを自慢気に語る人について

実によくあることなのだけど、東京在住の文化人の書いた文章を読んでいると「自分が自動車の運転免許も携帯電話も(その他)も持っていない」ということを、半ば自慢気に書いている人がいる。

僕も関西の電車が頻繁に行き交う都会の下町育ちなので「電車や公共交通機関が当たり前のように存在していること」をごく当たり前のように感じて育ってきた。しばらく歩けば電車の駅やバスの停留所があって平日ならば10分ほどで電車はやってくる。バスも15分ぐらいでやってくる。それが当たり前の世界で生まれ育っていれば、当然のことと思うだろう。しかし、運転免許無しでは暮らしたり、仕事を得るのが難しい地域もある。携帯電話も「ライフライン」の一種になっている。その便利さが極まっているのが、東京なのだろう。

さて、文化人の文章に戻る。運転免許や自家用車は、それが無くても生活上特に不自由しないならそれでいいと思う。しかし、都会を一歩離れれば日本全国、軽自動車だろうが自家用車が無いと非常に不便な地域は多い。「おいら東京人だ。運転免許も携帯電話もいらねえ」と、作家先生はそれでいいかもしれないが、それが全国標準ではないということだ。東京がスタンダードなのではない。もちろん、公共交通機関が至極便利なところに住んでいれば自家用車無しでも生活にあまり支障は無いし、それこそ都会に暮らす利点なのだろう。

僕は東京にはごくたまに行くが、東京や関東圏に住んだことはない。蜘蛛の巣のような鉄道・地下鉄網を見るだけで頭がクラクラしてきそうになる。しかし、使い慣れている人は便利さに気づいていないのかもしれない。

地方に拠点を置く出版社なら多少なりともそのあたりは目に見え、肌で感じ、足腰が覚えることだろうが、ときどき東京の人のエッセイには、東京を題材にしているわけでもないのに東京の利便さが全国に通用すると考えている人がいることが丸わかりなのがある。

もう一つは、東京や関東の人ならば「○○はおしゃれな街」とか、共通認識があるのだろうが地方在住者にはさっぱりわからないことがある。日本全国津々浦々に読者がいることを想定して、ちゃんと説明してほしいものだ。果たして東京都下の各の街のイメージは、日本人全体の共通認識事項と言えるだろうか。

エッセイストなりコラムニストなり文筆業なり、看板に掲げるのであれば読み手を想定した文章を書くべきだと思う。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック