落語好きの発端

 本好きの人はよく「子供の頃から物語を読むのが好きで」とか「自分で物語を書いた」などと言う。自分もどちらかといえば本好き、いやかなりの本好きでもはや「活字中毒者」の域に達しているので、読書家の知人からは数多くの物語を読んできたと想われているがそうではない。有名な作品であっても未読であったり、青年期に後付けで読んだものが多い。
 小学校2年生だったと思う。小学校は2回転校したのだが、最初の小学校だ。映画鑑賞会で見たエーリッヒ・ケストナー原作の『エミールと探偵たち』に触発されて、「エミールもの」を数冊読んだ。しかし、それで物語の面白さに目覚めればよかったのだが、目覚めることはなかった。
 二番目の小学校の校区内は自然豊かだったので遊ぶ時間はほとんど野山で過ごしたような気がする。この学校の図書室だけはどうしても思い出せない。先生がしてくれた面白い話は今でも覚えているものがあるが、本はあまり読まず、図書室にはほとんど行かなかったのだろう。この時期の読書の記憶はほとんど無い。せいぜい児童館で読んだぐらいだったろう。
 次に物語に出会ったのは三つ目の小学校だったから小学校五年生以降のことである。カーペット敷きの図書室で寝転がったりしながら夢中で読んだのは落語を物語にアレンジした読み物だった。「千早ぶる」「饅頭恐い」「粗忽の釘」などが数冊に分かれて収められており、むさぼるように読み進めては繰り返し読んだ。昼休みなどの開館時間や「読書の時間」ではそればかり夢中になって読んでいた。
 落語好きはそこで収まらず、地域の公立図書館まで出向いて大人向けの桂米朝や古今亭志ん生の落語本にまで触手を伸ばしては読んでいた。周囲の大人から「こんな本まで読むの?」と言われるような類の噺やら落語論まで読んでいたように思う。僕にとっての物語の原体験は落語にあると言ってもよい。
 落語はストーリーや工夫されたサゲの面白さを楽しむだけでなく、背景となる文化もまた興味深いものである。言語に対する興味や関心の素地は落語で養われた。たとえば「佐々木裁き」に出てくるような奉行と町人の言葉の違いや、落語によく出てくる商家の大旦那に対する番頭や若旦那の言葉遣いなど興味は尽きることはなかった。
 その後も桂米朝の『落語と私』(ポプラ社)やそのほかの落語本を読んで一時期は本気で落語家に弟子入りしようかと思っていたほどである。中学生の時には既に自宅には桂米朝のCDが数枚あった。1時間前後ある大作「地獄八景亡者戯」が特に好きで、自室のCDプレーヤーで繰り返し聴いた。
 成長するに従って話し下手を自覚するに至り、落語家への志は消えたがテレビやラジオで落語を聴き続けた。、落語関連の本は東京落語にまで触手を伸ばすようになり、落語そのものは現在に至るまで大好きである。しかし、落語をじかに聴きに行くまでには至らず、そのうちに北海道に住むようになってからはますますその機会が遠のいてしまった。放送やDVD・CDで鑑賞するのがせいぜいであった。
 しかし先日、関西に帰省した折りに念願の天満天神繁昌亭での観覧が叶った。六人の落語家と津軽三味線の演奏家が一組、出演していた。トリは三代目桂文枝の弟子、桂小枝であった。テレビ番組で見せる面白さの数倍は面白かった。前座から桂小枝に至るまで笑いに笑い、時には噺の世界に吸い込まれるように聴き入った。三十数年の人生の念願の一つがようやく実現した感慨を呑み込むかのように、約2時間半の公演は過ぎていった。
 自宅に戻ってからも自分の中の落語ブームは続いている。新たにDVDを求めたり、久しく見なかった噺を見直してはまた爆笑している。幼い頃から慣れ親しんでいる桂米朝をはじめ故・桂枝雀、故・桂吉朝、桂米團治らの落語だけではなく、三代目桂春團治をじっくりと聴くようになった。桂枝雀で爆笑した「代書」は、桂春團治では「代書屋」となり、じわじわとにじみ出てきては消えることのない温泉の温もりに似た面白さがあることを知った。じかに聴きにいく機会を持ちたい。

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この記事へのコメント

2009年05月15日 19:53
先ほどはコメントありがとうございました。
とってもたくさんの趣味があるんですね。
ブログも幅広くて驚きました。
2009年05月15日 21:46
ぼちぼち亭さんとは違いますが
たまには落語もいいなあという時も
あります。そう思うようになったのは
それなりに歳がいってからかな・・・。
2009年05月17日 16:13
>>ジェイエイさん
駄文を書き連ねておりますが、またお越しください。

>>なゆぱぱさん
落語は上方も東京も、味わいがあっていいですよ。ぜひぜひご堪能ください。

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