人生と「Ω」という文字~「海文堂生誕100年まつり『99+1』」~

先週の夕方に街角で泣きました。
それはこの場所でした。中央区の北野坂に近いところにある「ギャラリー島田」での「海文堂生誕100年まつり『99+1』」がそれでした。(6月11日まで)

実は中央区の別の場所で用事を終えて、そこから三宮に歩いて行く途中に「そういえば北野坂近くで海文堂書店の展示があったはず」と脳内地図を頼りにキョロキョロしていたのでした。

探している途中に再度山あたりの新緑が雨の潤いを湛えて膨らんで見えていました。それだけで僕は泣きそうになっていたのです。故郷の山、六甲山系。今、自宅のPCで新緑を思いだしただけで涙がにじんできます。ずっと山を見ていてもよかったのですが、東へ東へと歩いているうちに偶然にもギャラリーが見つかりました。

大学卒業直後に就職したのが南京町近くの小さな会社でした。そこには2年ほどいたのですが、展示されている写真をブックカバー、関連商品を見ているうちに当時のことを思いだしてきて涙がうっすらと目に蓄えられました。小冊子と当時の店員さんが書いた著書をレジに持って行ったときにどうしようもなく、耐えきれずに涙があふれました。「元気をいただきました。ありがとうございました。」と男女のスタッフに向かって言いました。すると女性が「いいえ、こちらこそ。著者のサインはいかがですか?」と言いました。右側に立っていた男性が、たまたまその著者のHさんだったのです。快くサインしていただきました。もう7~8年前の本ですが、軽妙な文章に吸い込まれました。

記憶が「Ω」の文字のように連なっていくのが感じられました。弧を描いているのは26歳で神戸を離れてから15年、またこの辺りに立っている自分の人生です。その弧を描く部分の人生は無駄ではありませんでした。北海道で暮らしましたし、多くの人にも出会うことができました。25、6歳の自分が40代の今の自分と時空を超えてくっついたような気持ちがしたのです。北海道で暮らして素晴らしい出会いがありました。「第2の故郷」と思っている函館なお、どこも生涯の想い出です。人生における貴重な経験でした。25歳頃の自分を遠くから見ている自分がいます。

僕はこれからどうするのだろう。どこで生きていくのだろう。40代の自分があの頃の自分に声をかけてやるならば何と言うだろう。全てに答えが出ることはありません。ただ、Ωの向こうが見えたのです。

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