漠然とした不安というものはあるものだ(A suttle anxiety on life)

今日、バスに乗っていて「人生における漠然とした不安」について考えた。考えたのはバスの中でそう感じたからであり、それに正面切って考えられるだけの元気さは今の僕にはあると思ったからだ。しかし、その不安の正体を突き詰めようとしても曖昧模糊としていて「これだ」というものが無い。いろいろと思い当たるが、「時の流れに身を任せ」とか「ケ・セラ・セラ」という歌のタイトルにあるように、人生の流れに身を任せるしかないのかもしれない。僕は不安は原因を解消したら解決できるものだと思っていたが、1時間ほど正体の分からない薄ぼんやりとした不安について考えても単純に原因を模索できるものではないと思えた。

喩えるならば、暗い夜道を一人で歩いているような不安。遠く雷鳴が轟くなかを、歩いて移動しないといけないときのような不安。どうすることもできない不安の数々。人生という大きなくくりの中でも、そういう不安はつきまとうのだろう。そしてしばらくして他のことに集中し出すと、不安は水で薄められた墨のように薄まっていく。心が渇けば不安の色は濃くなっていく。その繰り返しだ。

僕はバスの中で、とりあえず音楽を聴いて音楽に浸ったり車窓の風景を眺めて不安を薄めることにした。次第に音楽に浸ることができた。降りるバス停が近づいたときにシャッフル再生でかかっていたのは、中島みゆきの『ファイト』だった。僕は戦っているのだろうか。とりあえず、人生という名の出場は叶えられている今、目標や夢を一つ一つかなえていきたい。一つ叶えば、次のステップへ。僕は歩き出す。

不安は、人生における位置確認なのだろう。ちょっと立ち止まって考えるための合図のようなもの。

Hello darkness, my old friend
I've come to talk with you again.
(Simon & Garfunkel / Sound of Silence)

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